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iPadアプリ写真集とオリジナル・プリント写真展 野上眞宏

2015.01.11

今回デジタルなiPadアプリ写真集を発表したのにあわせ、オリジナル・プリント(作者がプリントした写真)の良さもぜひ感じていただきたくて、記念の写真展を開催しました。そこでは、二度と焼くことができない最後のアナログのオリジナル・プリントを、展示するだけではなく販売しました。写真の代金はぼく自身の今後の活動資金にさせていただきますが、一方で、作品をぼくが所蔵することで将来的に埋もれさせてしまうよりも、購入してくださる方の手に託して後世に伝えられたらという思いがあったのです。
写真展を好評のうちに終えることができた今、これを機に、写真についての自分の考えをまとめてみたいと思いました。これはさる11月24日に銀座のアップルストアで少々お話ししたことの補足にもなると思います。
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写真は19世紀に発明されました。しかし人がその場その時の人間や風景の状態に感動し、なんとかかたちに残して他の人とシェアしたいという欲求は歴史が始まった頃からずっとあって、やっとそれが19世紀から少し可能になったわけです。その前は絵画で残すしかなかったのです。

だから写真とは、基本的には情報を共有するというプラクティカルな状況で始まったのです。ですが人間は複雑で、少し歴史を経ると、自分の好みの状況を記録した写真を集めるという趣味が出てきました。カッコいい時計や音楽を集める気持ちと同じです。コレクターですね。収集。自分の好きなものや状態が写っている写真、あるいはそれを撮り続ける写真家の写真を集めたくなるのです。

写真は情報を共有するためだけのものと割り切って考えている人、時計は時間を見るためのものと考えている人にとっては、古い懐中時計を集めている人は不可解かもしれない。でも現実にそのように集めている人は大勢いる。そしてご存知のようにコレクターにはコレクターの美学が存在している。

話はiPadアプリ写真集に戻ります。
写真を「情報を共有するためのもの」と考えると、デジタルなiPadアプリ写真集は紙の写真集に比べていろいろな面で優っています。

紙の写真集は、紙であるという点だけがオリジナルの写真と似ていますが、印刷だし見えるサイズも違いますから本来見えるはずの細部が見えない、階調の幅も違うので見えるはずの暗部が潰れていて見えない、紙なのでページ数に限界がある、よりオリジナルに近い良い印刷を追求したりたくさんのページの本を作ると価格が非常に高くなる、等の欠点がある。

デジタルなiPadアプリ写真集は、ぼくのSnapshot Diaryのように4000枚もの写真を入れることができます。4000枚の写真を集めた紙の写真集は不可能です。紙の写真集では多量の写真を入れようとすると一枚一枚の写真が小さくなってしまって細部が見えませんが、デジタルでは全て同じサイズで入れることができ、さらに画面を大きく引き延ばして細部を見ることができる。階調も上手く調節すれば印刷の写真集に優っている。さらに作者のコメンタリーを録音して入れることができる。情報の伝達としてはこちらの方が数段優れていることは明らかです。

しかし人間は複雑で、紙の写真集を集めているという人もいる。
ぼくも複雑で(複雑なのは特殊なことではなく人間として普通です)、情報を共有することが写真の全てではないと思っている。写真家自身がプリントした写真、オリジナル・プリントこそが作者の本当に表現したいものだと思っている。アナログ時代の写真は、技術的に難しかったということもありますが、特にそうです。

また写真は同じネガから何枚も焼ける複製コピーだと言われ続けていましたが、歴史的に見て、現実にプリントされて残った写真は有名な写真でさえほんの少数です。よく「ネガさえあれば」と言われますが、日本では特にカビがつきやすい。プリントはネガから直接焼くものなのでカビが生えたら同じように焼けません。デジタルのようにフォトショップで修復できないのです。

話は写真展のことになります。
ぼくは情報の共有という立場でiPadアプリ写真集を作りましたが、もう一方で写真家としてオリジナル・プリントの素晴らしさやそのコレクターの存在を認めています。オリジナル・プリントは作者のぬくもりが入った歴史のひとかけらです。

それもぜひ皆さんに見ていただきたかったのでiPadアプリ写真集の発売と同時に写真展を開催しました。さいわい2000年に開いた「はっぴいな日々」写真展用の額入り写真が残っていたので、それらをお見せしてオリジナル・プリントの良さも味わっていただきたかったのです。それらをプリントしてから既に15年経ってしまったのでネガのコンディションも変わり、同じように新たにプリントすることはもうできません。既に暗室もなくなってしまったので、この時にぼくが焼いたプリントが、文字通り歴史に残る最後ということになります。

そうしたオリジナル・プリントを、2000年の写真展と同じように今回も販売しました。
ぼくの家にあっても倉庫に眠っているだけだし、ぼくの孫たちがはっぴいえんどに興味があるとは限らない。コレクターの皆さんに、壁に掛けて楽しんでいただくのが一番です。

お買い上げいただいた写真の代金は、広告写真家ではないぼくの数少ない収入源の一つとして、次の写真作品や写真展の資金にあてさせていただきます。作品作りや写真展もある程度のまとまった資金がなければできません。

ご理解をいただいたはっぴいえんどのメンバーと関係者の皆さん、ぼくの写真に価値を認め、ご自分のコレクションに加えてくださった方々に、心から感謝いたします。

iPadアプリ写真集も今から100年後を見据えて制作しましたが、オリジナルの写真も、作者だけのものでなく広く世界に散らばることで、時を超えて様々な人の手に渡りながら、それぞれに楽しんでいただけるものになってくれたらと思います。さらに、ぼくの中にはこんな夢も育っています。100年後の世界にはっぴいえんどの音楽が大好きな青年が現れて、はっぴいえんどの写真を持っている人を探しまくり、皆さんで持ち寄って、またこの2014年にやった写真展を再現するということも考えられるでしょう。

たとえばそんなかたちで、はっぴいえんどの写真が後世に残っていってくれたらという思いもあります。

野上眞宏 2014年12月20日記

Photo by Miho Okado